●高齢者、障害者への考え方
日本人のイメージに「高齢者や障害者はおとなしく家で生活 するものだ」などのように、すぐに「・・・らしさ」 「・・・くせに」の表現に代表されるような、社会的な先入観が強い。女性の高齢者の化粧では、都会では比較的受け入れられるが、田舎では「・・・らしさ」が働いて本音とは別に本人が周りを気にして厭がったりすることがある。
また、高齢者の寝巻きやファッションでも、デザイン性のない画一的なものが多く見られ、ここにも「・・・らしく」が働いているからではないか。欧米では老人のファッションも鮮やかでサイズや色も豊富である。欧米人は若いときの延長線上に高齢者としての生活があることを期待し、日本のように「・・・らしく」を強要されることはない。
日本では、高齢者は車いすで外出をしたがらない人が多い。中には、外出着がないことが原因の場合もある。ジャージではない、車いすでも気楽に楽しめる高齢者用の服がないのが問題。また、車いすで気軽に居酒屋へ行けないような「町のつくり」である。行くとなれば、ボランティア6人が面倒を見なければいけない事例があった。
これは、障害者が町で普通の生活ができ難い、日本の社会の未成熟さがあると考えられる。日本の企業も高齢者のイメージを決め付けていないか?福祉機器では品質、機能、使い勝手等で、日本の企業は よく研究・開発していると思うが、普通の生活者である ことからの発想には、欠けている。欧米では、「ノーマライゼーション」、即ち高齢者も障害者も普通に生活ができる社会ができている。
北欧ではこのQOLの考え方が進んでいる。日本とは発想が異なる、成熟した社会の一例がある。
(2)高齢者の自己決定の尊重 ・・・自ら決め、生き生きと暮らす
(3)高齢者、障害者の残存能力の活用 ・・・寝たきり老人をつくらない
日本では、老人ホームの例で女性の髪形をショートカットする(施設カット)が行われており、老人の立場より、施設の都合が優先している。原因は色々であるが、総じて言えば北欧→人(入居者)は生きている日本→人(入居者)を生かしているの施設のあり方の発想の違いがある。
ただ、北欧の福祉システムは、高齢者の「自立の精神」の徹底が前提となっていることを忘れてはならない。女性の80%が就業しており、高齢者が自立して生活することが基本であり、家族が面倒を見る日本の発想 とは異なる。高齢者も自ら生きようとする生存の意欲が強い。良し悪しは別にして、日本人は、家族に頼る考え方がまだまだ強く、北欧型のシステムそのものを入れることは、現状では難しいと思う。
トイザラスでは、アメリカで障害者用おもちゃのカタログが作られている。日本では、マーケットがない と考えられているようだ。これも、企業の先入観 ではないか。
米国では、文化や社会制度の相違があることもあるが、障害者の残存能力を生かすおもちゃが開発 されている。基金が商品開発の資金的な サポートをしている。しかし、「必要性があれば開発しよう」という意欲を、欧米の企業に感じる。*多様な高齢者や障害者向けの遊具や、機能回復のためのおもちゃのサンプルが実物で 紹介された。
ダウン症、肝臓移植、エイズの子供の人形があった。車いすに座ったバービー人形を持って涙を流した子供がいたということである。欧米のきめ細かな高齢者や障害者への配慮がおもちゃにも表れている。障害者、高齢者の人生を楽しむ。それも普通の人のように普通に楽しむ。このあたりに、日本と欧米の相違がある。
●日本型(家族が面倒を見る)の福祉
体験的にも8H/日が限度。それ以上は家族であろうと、大変な苦痛になる。また、物理的(機械)なサポートの必要。日本では、機械を使って(例えばリフト)老人の寝起きをさせようとしたら、ぞんざいな扱いをしたと、介護する側、される側の両方が思ってしまう。どうしても、人力になる。そのうち、介護で体を壊すことになる。いまのシステムでは無理である。
●デンマークの老人ホームはQOLが高い
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第28回懇談会.
テーマ::欧米の福祉事情.
講師:立山 徳子 氏
(消費生活アドバイザーの有志による団体)
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私が今まで感じた中で、日本の福祉は遅れているということを常々実感している。そして働く側も、利用者や患者さん双方共に、なんだかしっくりこない部分がある。一体どうしてなのだろうか。
まず労働者の賃金(労働負担からすればパート並み)が安すぎると感じる。一人暮らしできるほどのお給料がもらえない。労働がとてもキツイのに、それに対する対価が見合わないのでみんなすぐに辞めてしまう。
そして利用者さん側や患者さん側から見た施設に対して「子供などに仕方なく、入居や入院させれられてしまった(泣かれたこともあった)」というような、“あきらめ”と”悲観”の雰囲気が漂っている。そして労働者が対価に見合わない仕事や、常時人手不足という状態で疲労が溜まり、病気やストレスに侵され、行き場がない思いから虐待のような言動が日々繰り返される。
何ヶ所か施設を見学したり働いたりしたが、内容が少しずつ違うにせよ、働く人の志や利用者さんの諦めにも似た暗い湿ったような雰囲気が漂っているところが多い(そうでないところもあるが)
ショートステイやデイサービスといった「家に帰れる」という制度(比較的介護・病気度が低い人が受けられる)なら、まだ健康度が高く、明るくて普通に会話が成り立つ人が多い。しかしその他のところ(死ぬまでそこで暮らす場所)では、認知の度合いや病気の進行(重い・軽い)によって会話はほとんどと言っていいほど成り立たない。だから余計に「人間扱いされない状態(人形を扱うような)」が、働く期間が長くなればなるほど感覚の麻痺や疲れ(そうでない卑劣な奴もいるが)で、利用者さんや患者さんに辛く当たる(奴隷扱い)職員が増える。
人手不足や労働環境、キツイ仕事(3K)での病気やストレスでの職員の負担が増加しているにも関わらず、入居者が増える一方という「悪循環スパイラル」が起きている。そしてどちらも戸惑ってしまうような日常の繰り返しが成されることになる。労働する側もされる側も、どちらも辛くなるような労働環境が福祉や医療にはあると考えられる。
欧米のように消費税を増やしても良いと思う。それがきちんと福祉に利用されるという明白な基盤がさえあれば増税もやむ終えない。しかし今の現状では、税金が何にどれだけ使われているか不明瞭なため、国民が安心して老後を過ごすことは困難だと予想される。
私も将来が少し不安である。今のご年配の方々も、苦しい生活を余儀なくされている。障害を持った方々も、なぜか金銭的負担が多くなっている。老人ホームの施設などが少なくて、老々介護を余儀なくされる。そして疲れきって悲しい事件などがおきてしまうパターンが増えている。
今の日本の現状では、老後や弱い方々へのいろいろな保障や安心感、安堵感やゆとりなどがまったくない。未来の見えない生活をする弱者が増えている。だからたくさんの方々が不安に陥り、将来的展望が見出せないのだろう。
「格差社会・貧富の差がどんどん開いていく」
ガソリン代(今は安いが)、小麦や日用品がどんどん高くなっている。私のような低所得者や弱者はどうなってしまうのだろう。ある日、ドラッグストアで、「納豆・58円」が、「78円」と謝って高い値段で売られていた。持っていたレシートをを見て、値段の違いに男性が激怒してた。私もきちんと訂正してもらった。たったの「何円、何十円、何百円」は、弱者や低所得者、高齢者にとっては、とても重要な生活費用の一部(生きるためのツール)であることを再確認した。
「貧困や弱い方々は暮らしていけない」
私もそうだ。病院での自立支援制度(医療費3割負担が1割負担になる)を利用していたときもあった。しかしちょうど0.5割負担から1割負担への切り替えの時期で、以前よりも料金負担が高くなったので疑問が渦巻いた。
もっと欧米の福祉を見習うべきだと思う。やっぱり根本的な考え方や習慣が違うから、福祉や医療への格差や偏見、間違った解釈などが露呈してしまうのだろう。
「弱者に優しい日本」
そのような国になれたら、老若男女、障害あるなしに関わらず、すべての人が笑顔になれると感じる。欧米のように弱者が安心して住める環境を保障できるのであれば、消費税なの土引き上げやむおえない。やっぱり弱者をおざなりにした国は、少し寒々しい感じがする。貧富の差が開きつつあることを実感している。欧米のように「ゆりかごから墓場まで」〜みんなが”生から死まで”安心でき、きちんと保障がなされた国であって欲しい。

