「・・・いつもいつも未来に対する計画と配慮ばかりに専念したり、過去に対する憧れに耽ったりすることをやめて、その代わりに、現在こそ唯一の現実的で確実なものであること、これに反して未来はほとんど決まってわれわれが想像したのとは異なってくること、それどころか過去だってわれわれの想像とは異なっていたこと、しかも未来も過去も全体として見れば、見かけほどたいしたものではないことを夢にも忘れないようにするがよい」
〜ショーペンハウアー(哲学者)・ 『幸福について』
「真実で現実的なのは現在だけである」というのが、ドイツの哲学者、ショーペンワウアーの結論のようだ。この文章に続けて彼はこういっている。「過ぎたことに腹を立てたり、未来のことを心配したりして、せっかくのよい現在のひとときをしりぞけ、あるいは軽率にもこれを台無しにするのは、愚かな話である。悲観主義的哲学者といわれたショーペンハウアーらしい考え方だが、このことはたしかに、肯定せざるを得ないことだといえると思う。ではいったい彼は、“現在”の何に、どのような生き方に“意味”、あるいは“価値”を見出すことができるというのだろうか?彼はまず、最も重要で取替え不可能な絶対的存在は、あなた自身をおいてほかにないといっている。健康はもちろん、美しいと感じる感受性、気質や性格、知性、精神的成長、心や意識など、あなた自身に属する固有のもので、生涯他人がどうこうできる事柄ではないという。ところが土地とか、財産といった所有物、あるいは地位、名誉、家柄などといった社会的評価は、自分の外側にあるもので、間接的に影響はあるにしても直接自己の人格に結びついたものではない。価値があると思う人間にとっては価値があるだろうか、健康を害していたり、人生の悩みを抱えている人にとっては、そういった財産や名誉などといったものは、何の役にも立たず、生きる意欲、生きる意味をもたらしてくれない。
財産とか名誉などは、生身の人間の幸、不幸、喜びや悲しみとは、直接の関わりもなく、相対的価値しかないと、ショーペンハウアーは指摘している。「いうまでもなく人間の幸福のあり方、いや、人間の生き方全体にとって主要なものが、人間自身の中に存するもの、人間自身のうちにおきるものだということは明らかである。個々にこそ内心の快不快が直接宿っているわけだ。というのは内心の快不快は、ともかく人間が感じたり意欲したり考えたりする働きの結果だからである。これに反して外部にある一切のものは、なんといっても間接的に内心の快不快に影響を及ぼすに過ぎない。だから人間が同じ外部的な推移ないし事情によって触発される具合も各自各自でまったく異なってくるし、同じ状況のもとにあっても各自の生きる世界は別々である」。人間にとって、自分自身の内的世界こそが最も重要で、すべての存在価値は、そこにこそあるのだと、彼は考えているようだ。
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いい言葉が人生を変える
塚本晃生著
廣済堂出版
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人間の内側に着目してからは、人間の外見にはあまり気をとられることはなくなった。どうしても人間の内側を気にしてしまうのは、自分が外側ばかりで判断された経緯があるからである。人間誰しも同じ命をもち、同じ時間を生きているという事実があるが、同じ時間を生きているからといって、同じような人生を歩くわけではない。同じように見えても、個々抱えている事情や生き方は違っている。その事情まではわかりかねない場合もあるが、事情までも汲めるくらいの深い心を持てたら素晴らしいだろう。
他人の内側を気にかけることもそうだが、自分の内側をもっと気にかけることが必要である。自分の内側や自分という人格は、自分自身で作っていくもの。自分が目指す人物像を思い描きながら、今このときだけに心を置いて生きること・・・この瞬間を一生懸命生きることの繰り返しで、自分の人生は成り立っている。長いように見えても、短い時間の積み重ねで人生が成り立っているのなら、この瞬間を大切にすることが必要不可欠である。その思いさえあれば、自分も他人も大切にできる言動ができるだろう。
変動する外的なものよりも、不動の内側を作ることが、強い人間や素晴らしい人間のあり方かもしれない。常に内側に問いかけで、自分と一対一で向き合う機会をもてたとき、新たな自分や価値観と出会えるだろう。日々の生活から学ぶことがたくさんある。出会いも別れも、この時間も大切にできる自分でありたいと思う。
『「悩み」や「病」は自分の人生に対する警告信号である。「悩み」や「病」を単なるネガティブなものだとしてすぐに除去してしまおうという姿勢からは、「生きる意味の再構築」も「内的成長」も生まれない。私たちは自分自身を「癒す」力を持っている。そしてその「癒す」力とは、病むべきときに「病む」ことができる能力、「病」に気づく能力を含んでいる』
〜上田紀行
(東京工業大学大学院准教授)・『生きる意味』
病むべきときに、病むことが大事
でも苦しんだり、悩んだりすることを好きな人はいないと思う。しかし、私たち人間は、生きている以上、人生の途上、何度となく苦しんだり、悩んだりする事態に襲われないわけにはいかない。そのようなとき、私たち人間は、どう対応したらいいのだろうか。普通は、やはり“逃げ出す”ことをまず考えるのではないだろうか。“意識”しないように“考えない”ように、できたら目をそらして、何とか事態をやり過ごせたらと思うに違いない。ようはたぶん、私たち誰もが持つ、共通の心理的傾向だと思う。しかしもちろん、それで原因がなくなったわけではないので、事態が当事者の都合のいいように、解決するということはない。小さな軽い問題であれば、そのまま自然消滅するということもあり得るが、そのようなケースでは、苦しみも悩みも、それほど深刻ではないので最初からたいしたことではないはずである。問題は、もっと重大な事態に巻き込まれた、あるいは陥ったとき、私たちはどう対処したらよいかということである。上田氏は、“悩み”や“病”は、自分の人生に対する警告信号だから、単純にネガティブなこととして、除去することばかりを考えないほうがよい、と自らの体験を踏まえた上でのアドバイスをしてくれている。誰もが、自分自身のなかに“癒す”力を備えているのだから、その“苦しみ”“悩み”をしっかり受け止め、自分なりに“苦しみ”“悩ん”だほうがよいという。そうすれば、その“悩み”、“苦しみ”のプロセスの中に、“生きる意味”の発見と、“再構築”のチャンスを見出すことができる。そして、その経験を通して、あなた自身、多くの知恵を獲得することができ、“内的成長”を遂げることができるのだと、上田氏は述べている。
苦しみや悩み、不運かといったさまざまなネガティブな問題から逃げるのではなく、むしろ真正面から受け止め、それを、内的成長のために利用しながら、わたしたちひとりひとりが、自らの「生きる意味」を創造できる社会に変革していく人間像を目指すべきだと、上田氏は強調している。
『6,500万前くらい前に恐竜が滅んだとき、地球上の80%以上の生物が死滅したといわれている。ぼくらの生命の源も、そのときに断ち切られてもおかしくはなかった。だけど乗り越えた。結果、ほとんど奇跡的に今のぼくらがいるんですよ。これは別に人間だけじゃない。今、地球上に存在するすべての生命が奇跡なんです。ホント、人間なんて生きているだけでありがたいんだ』
〜関野吉晴
(冒険家・医師・大学教授)・『幸福論』
地球上すべての生命が奇跡
単独、しかも人力中心で、地球の一蹴約5万キロの「グレート・ジャーニー」の旅を、成功させた関野氏の言葉である。それだけに「人間なんて生きているだけでありがたいんだ」という表現には、危険にさらされながら、5万キロにもわたる旅の過程でさまざまな“奇跡”を時間した重みがにじみでている。動物にしろ人間にしろ、生まれては死に、死んでは生まれして、私たちの生命は今あるわけである。それはヨーロッパ人であれ日本人であれ、ペルーの先住民のマチゲンガ族であれ何も変わりない。また、クマだってリスだって、ねずみだって同じだ。植物の生命も花を咲かせ、種子をつくり、葉、茎などは枯れて朽ち果てる。関野氏が述べているように、地球上の生命は、みんな“奇跡的な存在”であることは疑いの余地はない。彼は、上記の言葉の後に続けて「それを感じることができるのは人間だけだろう」ともいっている。その人間だけに与えられた“感じる能力”を、関野氏は、自転車を始め、ソリ、カヌーなど、自らの体を使って「グレート・ジャーニー」を成功させたのだから、まさに歴史的快挙といってよいと思う。
彼は、戦前から戦後にかけ、朝鮮半島、中国、内モンゴル、ニューギニア、中南米を撮影し続けてきた大変ユニークな探検写真家で、関野氏は、探検部時代に誘発されてアマゾンに出かけるようになったとはなしている。以後彼は、25年に35回も南米通いを行ったという。仲でも親しく交流を重ねたのが、南米ペルーの奥地に住む、先住民のマチゲンガ族であった。そのマチゲンガ族について関野氏は、「彼らは常に支配される側で生きてきたという歴史を持っている。他部族に支配され、バカにされても、徹底的に抗戦はしないで、ヘラヘラしてでも生き抜く。支配や搾取をしたい人間にも、ヘラヘラとしたたかに対処する一方、仲間内では決して、支配したり搾取したり、モノを抱え込んだりはしない。人間は濃密で、将来の備えとしては、モノを蓄えることよりも助け合いのネットワークを重視する。支配するものがモノを独占するのに対して、必要な者にモノが流れていく仕組みだね」と、平和と平等を大切にする、実にうらやましいライフスタイルを守って生きているのだといっている。そして彼は、地球上の多くの先住民と触れ合ったその結論として、このようなことを述べている。「ぼくらの世界というのは、長生きしたいとか、快適に生きたい、モノを豊富に持ちたい、そういう価値観で動いてきたんだが、そういう価値観を続けていけば、おそらく21席の途中で人類は滅びざるを得ないだろう。そこで彼ら先住民の生き方、考え方、発想を学び、21世紀にはどうしたらよいか、を考える必要があると思う」。異質の世界の旅は、私たちに多くの学びをも与えてくれるもののようである。
関野吉晴
1949年、東京都生まれ。一橋大学法学部卒。横浜市立大学医学部卒。冒険家。医師。武蔵野美術大学教授。一橋大学在学中に、探検部を創設。アマゾン全流を下る。中央アンデス、アマゾン源流、パタゴニア、アタカマ高原、オリノコ川を探検する。1993年から2002年にかけて南米のチリのナバリーノ島をスタートしてアフリカ・タンザニアのラエトリまで、全工程5万キロの「グレート・ジャーニー」を成功させる。植村直己冒険賞受賞。
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いい言葉が人生を変える
塚本晃生著
廣済堂出版
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私の住む朝霞市では、周りが農家だらけということもあり、新鮮な野菜が、いつでも安く手に入る。この近くのスーパーの近くに、さらに大型のスーパーができたらしく、農家の人たちも、安くせざるおえないのが今の現状である。でも私は今までずっと農家の方々の野菜を買ってきたので、これからも買っていくと思う。結局は、生産者の顔が見える売買こそが、安心できる食生活につながり、そこから信頼とつながりができる。顔の見えない大型スーパーのような無機質なところはあまり好きではない。だから昨今は、農作物の直売所がたくさんできているのだろう。生産者の顔が見えて、安くて新鮮なものが手に入ることが、やはり消費者が求めている食に対するこだわりであろう。私の市でも、水曜と土曜は直売所でたくさんの野菜などが出に入る。だから朝霞市に住んでから、野菜に困ることはほとんどなくなったし、近くの畑で旬の野菜をチェックできたり、春夏秋冬の季節の流れや、動植物が穏やかに共存している風景にいつも癒されている。
私たちが追い求めてきた便利だけを追及した生活は、このところ影を潜めているように感じる。この時代だからこそ、生産者との交流やつながりが、新たな農業や酪農などのコミュニティの広がりをもたらしている。ブランド米をはじめ、独自の個性的な野菜の栽培、いろいろな作物を海外に輸出したりすることも行われている。こだわりがあればあるほど価格は高くなるかもしれないが、それを求めて買う人も増えてくる。「ここでしか手に入らない、唯一の品物=ブランド」を作っていくことが、これからの生産者には必要不可欠な課題であると感じる。普通の野菜の値下がりが相次ぐ中、その逆にブランドとして希少価値を高めたものも生産していくと、もっと農業や酪農、漁業などの分野に活気や将来性が出てくると感じる。
若い人たちが農業などに着目してくれれば、きっと自然と人間と動植物のあり方にも着目してくれるだろう。動植物や生きとし生けるものあってこその人間であり、豊かな自然や環境があってこその生活であると実感できるだろう。これから高収入を見込める分野は、公務員や官僚など安定したものだけではなく、自分の手で生み出す変化のあるものでも楽しいと感じる。それには基本的な安定した生活を保障することが必要不可欠である。冒険しても大丈夫なような仕事をすることで、いろいろな人の才能を伸ばし、新たな発見や驚きが見つかるかもしれない。
自然と人間の共存。きっと日本もこれからは、もっと密接にこの関係性を重要視すると感じる。そのためには都会では得られない喜びを、子供たちに教えてあげる人が必要だと思う。田舎にはあって都会暮らしにはないもの・・・それは人間同士のふれあいと、動植物との温かい生活であると感じる。そこから命の大切さを学び、他者をいたわる言動ができると感じる。そして日本で自給率を上げることができれば、これからは輸入に頼らない安全な食と職が保障されることになる。それが未来への希望につながると私は考えている。
私はあなたのために
今日もこうやって 言葉を放つ
それは愛ゆえの行為であり
愛がなくては できないものである
私は今までも
いろいろな言葉を放ってきた
それは愛であり 希望であり
絶望や 途方にくれるような虚無である
すべては心の中から発せられた
私の魂からわきあがる言葉
言葉は鋭いナイフにもなるし
柔らかな真綿のように
温かくてまあるいものにもなる
言葉ひとつで人間は
明るくもなり暗くもなる
たったひとつの言葉で
誰かが泣き 誰かが笑う
不思議で神秘的な言葉遊びを
今日もどこかで誰かが紡いでいく
それが鋭いものでも柔らかいものでも
人間は言葉に癒され、言葉に傷つけられる
言語がない国々であれば
愛情はどうやって伝えあうのだろう
言語がない人々であれば
愛情をどうやって育んでいくのだろうか
私は言語を持ち文章を書くということを
唯一許されている
だから今日もいろいろなことを
言葉に乗せる
それがあなたの心に
届いていてもいなくても
私はこれからも愛の言葉と
さまざまなメッセージを奏でる
それがあなたの心に
響いていなくても
不特定多数の人たちの
賛同を得られなくても
私はこれからも書きたいから
文章と言葉を紡いでいく
これは永久に続けていく
これこそが私に備わった
私だけのアイデンティティと
パーソナリティ、心表現を許された
唯一のあなたと誰かとのつながり
そして未来への希望だからである
愛することができる人は幸せだ
年をとるにつれて、また私の人生の中で見出したささやかな満足感がしだいに気の抜けた、味気ないものになってくるにつれて、私がどこに喜びと生きる源を求めなくてはならないかが、ますますはっきりしてきた。愛されることはなにものでもなく、愛することがすべてあることを私は体験した。そして私たちの存在を価値あるものにし、よろこびに満ちたものにするものは、私たちの感情、感覚以外の何ものでもないことが、だんだんはっきりとわかってきたように思った。
私がこの地上のどこかで『幸福』と名づけることのできるものを見たときには、いつもそれはさまざまな感情からつくり上げられていた。お金は何ものでもなかった。権力は何の価値もなかった。この二つのものをもっていても、心が惨めな人がたくさん見られた。美しさも何の役にも立たなかった。美しい男女で、あふれ出るほどの美を持ちながら心がみじめな人たちが見られた。健康も重大な意味をもたなかった。誰でもみな、自分で感じている程度に健康であったし、病人が命の終わる直前まで生きる喜びに輝いていたり、健康な人が病気になるのを恐れるあまり、不安に満ちて、次第に生気を失っていった例も少なくなかった。けれども一人の人間が様々な強い感情をもって、それらを充分に生かしきって、それらを追い払ったり無理に抑えつけたりせず、大切にして享受しているところでは、いたるところに幸福があった。美は、それをもっている人を幸福にするのではなく、それを愛し、賛美することのできる人を幸福にした。
一見したところさまざまな感情があったけれど、根底においてはそれひとつのものであった。すべての感情を意志と呼んでもよいし、それともどんな名で呼んでもよかろう。私はそれを愛と名づける。幸せとは愛であり、それ以外の何ものでもない。愛することのできるものは、幸せである。私たちの魂に、魂自身の存在を感じとらせ、魂自身が生きていることを感じ取らせることができる者である。愛することと恋焦がれることとは、しかし完全に同じものではない。愛とは恋焦がれる欲求が叡智を獲得したものである。愛は所有することを求めない。愛はただ愛することだけを望む。それゆえ、世界への愛を、思想という網の中に入れて揺さぶりあやし、絶えず新しい世界を自分の愛の網の中に紡ぎ込んだ哲学者も幸せであった。けれども私は哲学者ではなかった。
外部から押しつけられたモラルや徳義の教えに従って生きることでは、私は全然幸せにはなれなかった。私は、自分の心に存在することを感じ、心の中で生み出し、はぐくみ育てると木々の理念にしたがって生きることだけが私を幸せにできることを知っていたからである。―こういう状況で、どのようにして私は何らかの自分に縁のない得をわがものにしようと望むことができたであろう!けれど私はそれを認識した。愛の掟は、それがイエスから与えられたものであれ、ゲーテから教えもらえたものであれ代わりがないが、この掟は世間に完全に誤解されたということである!それはまったく掟ではなかった。そもそも掟など存在しないのである。掟というものは認識するものが認識できぬ者に伝え、認識できぬ者がそれを理解し、そして知覚する真理なのである。おきてとは誤って理解された心理なのだ。一切の叡智の根底にあるものは、「幸せは愛によってのみやってくる」ということである。私が今「汝隣人を愛せ!」と言えば、それはすでにひとつの変造された教訓である。多分、次のように言うのがずっと真理に近いであろう。「汝は隣人を愛するごとく、汝自身を愛せ!」。そして常に隣人を愛することを先行させようとしたのは、多分、根本的な誤りであったのだろう・・・。
いずれにしても私たちの心の根底では、幸せを求めている。私たちの外部にあるものとの快適な調和を求めている。この調和は何かあるものと私たちとの関係が愛以外のものとなるやいなや、損なわれる。愛する義務というものはない。ただ幸せであるべき義務だけがあるのだ。そのためだけに私たちはこの世に生きているのだ。そしてどんな義務によっても、どんな道徳によっても、どんな掟によっても、私たち自身がそれによって幸せになれないので、それによって私たちがお互いを幸せにしあうことはまれである。もし人間が『善良』であり得るとすれば彼が幸せである場合、彼が自分の心の中の調和を持っている場合のみ、彼は善良であり得るのである。すなわち、彼が愛している場合のみである。
・ ・・人間というものは、自分自身を愛するほどには何も愛することはできない。自分は自分自身を恐れるほどに、何も恐れることはない。こうして原始的な人間の神話や掟や宗教と同様に個人の生活の根拠をなす自己愛をも、人間にとって禁じられたものとみなし、秘密にし、隠し、仮面をつけなければならないものとした、あの奇妙な翻案の掟と見せかけの掟が成立したわけである。他者を愛することは、自分自身を愛することよりもよいことで、道徳的なことで、崇高なこととみなされたのである。そして自己愛はまさに原始的衝動であり、隣人愛は自己愛と並んでは決して本当に栄えることができなかったので、仮面をつけた、崇高になった、洗練された自己愛が一種の人間相互の隣人愛という形で発明されたのであった。
・ ・・こうして、家族、部族、村、宗教団体、民族、国民が神聖なものとなった。・・・自分自身の愛のためにはどんな些細な社会の掟も踏み越えることを許されない人間は―共同体のためには、民族と祖国のためには、何ごともすべて、この上なく残酷なことさえもすることが許されている。そして普通は禁じられているあらゆる衝動がここでは義務となり、英雄的精神の地位を獲得するにいたったのである。こういうところまで人類は今までのところ到達したのであった。おそらく民族という偶像も時とともに崩壊するかもしれない。そして新しく発見された全人類の愛において、おそらく古い本来の教えが再び出現するであろう。このような認識はゆっくりと到来し、人間は認識に人っ跳びに、あっという間に到達したかのように思われるのである。けれどこうした認識はまだ現実のものではない。その認識はそこへいたる途上にあり、多くのものは永久にその途上にとどまっている。
〜『マルティーンの日記から』
愛に関しては、ちょうど芸術の場合と同じことが言える。つまり、最も偉大なものしか愛せない人は、最もささやかなものに感激できる人よりも貧しく、劣るのである。どんな知性も、どんな批評もできないことができるのである。詰まりあいはどんなにかけ離れたものをも結び付けるし、最古のものと最新のものをも併置させる。愛は一切のものを事故の中心に結びつけることによって、時間を克服する。愛だけが人間にとって確実な支えとなる。愛だけが、正当性を主張しないがゆえに、正当性をもつ。
〜『断章26・文学における表現主義』
世界と人生を愛すること、苦しいときにも愛すること、太陽のあらゆる光線を感謝の思いで受け取ること、そして苦しみの七でも微笑むことを忘れないこと―あらゆる真正の文学のこの教えは、決して時代遅れになることはなく、今日では、これまでのいつの時代にもまして必要不可欠なものであり、感謝しなくてはならないものである。
〜『断章28・シュトルムーメーリケ往復書簡』
この世を見通し、それを解明し、それを軽蔑することは、偉大な思想家たちの仕事であろう。けれど私にとって大切なのは、この世を愛しうること、それを軽蔑しないこと、この世と自分を憎まないこと、この世と自分と万物を愛し簡単と畏敬の念をもって眺めうることである。
〜『断章25・シッダールタ』
沈思
精神は神々しく永遠である
われらがその姿であり道具である精神に
われらの道は通じている われらの内奥のあこがれは
精神そのものとなり、精神の光の中で輝くこと
けれどわれらは土に結ばれ
死すべきものとしてつくられている
われら被造物の上には大地の重みがのしかかっている
優しくは母のように自然はわれらを包み
大地はわれらに乳を飲ませ ゆりかごと墓に寝かせてくれる
それなのに自然はわれらを鎮めてはくれない
自然の母のような魅力を
不滅の精神の火花が父親のように突き破り
子供を大人にし 無邪気さを消し
われらを戦いと善悪の区別へと目覚めさす
こうして母と父のあいだを
こうして肉体と精神とのあいだを
被造物のうち最ももろい子供はためらいつつ進む
ふるえる魂である人間は
ほかのどんな生物ももたぬ 苦悩の能力をもち
至高のものに到達し
同じ希望する愛を獲得する能力を持つ
人間の道は困難だ その食べ物は罪と死だ
しばしば彼は暗闇に迷い込み ときとして
創造されなかったほうがよかったほどだ
しかし彼の頭上に永遠に彼のあこがれであり
そしてわれらは感じる 人間
この危険にさらされたものを
神が 特別の愛をもって愛していることを
それゆえにわれらさ迷える同胞たちは
争いの中でもなお愛すことができるのだ
そして裁いたり憎んだりするのではなく
忍耐強い愛こそが
愛するものの寛容こそが
われらを神聖な目標により近く導く
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ヘルマン・ヘッセ
愛することができる人は幸せだ
V・ミヒュルズ編
草思社
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世の中の暗い部分を見れば、この世の中はとても辛く残酷で、理不尽な環境だと感じる。しかし世の中の明るい面を見れば、温かく優しく、思いやりにあふれた愛の世界だと感じる。すべては心の感じ方次第で変わってくる。今この瞬間もこの先の未来も、心に愛があるかないか、人間らしい生き方や価値観をもち、言動ができるかどうかで決まってくる。出会う人すべてが冷たくさびしい人であれば、自分の心を今一度見直すべきである。出会う日とすべてが温かく楽しく明るい人であれば、きっと自分もそういうオーラを放ち、そのほかの人を幸福にしている存在だと感じる。
身近な人が笑顔で暮らしてるコミュニティこそが、やはりあるべき姿であり、遠い人よりも、同じ環境で生きている人のほうを優先してしまうのは、やはり同じときを同じ土地で生きてきたからであろう。ファミリアストレンジャーやただの顔見知り、その日であった人でさえ親近感が沸くのは、やはり同じ日本人であり、同じ環境で生きている同胞と感じるからだろう。身近な人に愛を配れたら、そのほかの人にも愛を配れるだろう。人間は小さなことの積み重ねでできている。小さなことができれば、それが大きくなることもある。はじめから大きなことを目指しても、きっと失敗や徒労に終わる。ならば身近な人、小さなことから愛ある暮らしと心を持って生きていれば、きっとこの先、愛の広がり大きくなっていくだろう。
まずは生涯の伴侶とも呼べる人、パートナー、友人と愛をはぐくみ、それをベースとして、身近な人にも愛を与え合う。与えてばかりではなく愛をもらうことも必要。愛は与え合うからこそ、相互の理解が深まる行為であるからだ。小さなころから愛のある環境で育てば、きっと今のような殺伐とした環境ではない、社会や学校、コミュニティが作られていくだろう。すべては愛ある大人が、愛を子供に示していく。動植物や生きとし生けるもの全体にまで、愛を与える行為を続けていけば、きっと小さな子供のうちから、愛というものを感じられるだろう。
人間には愛が必要。無償の愛や永遠のような愛。刹那の愛や非常の愛、報われない愛にも身を焦がし、自分の心を省みる行為も必要不可欠である。この世の中はきっと愛で動かされている。だからこうやって温かい気持ちでいられるし、優しく穏やかな気持ちをもてるのだろう。あなたがあなたと誰かに与える愛情は、きっと今もこの先も、自分と他人を幸せにする力があるだろう。さまざまな愛の形があれど、心に温かいものが流れていれば、それだけで人間らしい生き方ができていると感じる。だから私も愛ある生活をこれからも続けていこうと思う。
いろんな経験が、紙切れのように目の前に現れてくる。
〜アンクル・フランク・デイビス
(ネイティブ・アメリカンの長老)
「お母さんから聞いた話だが・・・。人生はね、道みたいなものよ。私たちみんな、この道を歩いていかなければならないの。休んでいるときも道の上にいるし、眠っていても、また次の日には起きてその道を歩かなくてはいけない。道を行けば、いろんな経験が紙切れのように目の前に現れてくるのよ。そこで、私たちはその紙切れを拾い上げ、ポケットの中にしまい込んでいかなければならないの。そして、紙がポケットの中にたまり、それがいったい何を意味しているかを考えてみるときがくるわ」
〜『ネイティブ・アメリカン=叡智の守り人』
アンクル・フランクル・デイビス
オクラホマ州出身。ポーニー族。インディアン名はファンシー・ウォリアー(華麗なる戦士)。そのほか故人の略歴は不詳。ポーニー族の人々の間では、スピリチュアル・エルダー(精神的長老)、ペヨーテ・セレモニーの指導者として尊敬を集めている。ポーニー族の文化は、アステカ文明に似て、祭司階級を持ち、太陽が信仰の対象となっている。
ワカン・タンカの教え
フランク・デイビスは、ネイティブ・アメリカン、ポーニー族のあいだで、スピリチュアル・エンダー(精神的長老)と呼ばれ、ペヨーテ・セレモニーの指導者として、多くの尊敬を集めている。ペヨーテというのは、幻覚作用を持つサボテンのことで、ネイティブ・アメリカンの間では、宗教儀礼のときにペヨーテを使用する。しかし、ネイティブの伝統的文化では、自慢したり、権威をひけらかしたり、威張り散らしたりする者は、その無知さを徹底的に軽蔑される。彼もその例にもれず大変謙虚で、私は、特別な知識も地位も持っていないと主張する。ネイティブ特有の謙虚さと、もうひとつの理由には、部族内のことは、部外者の人間には極力漏らさないというネイティブ・インディアンのも不文律も働いていた。アンクル・フランクルが、お母さんから教えられたという、この物語を正しく理解するためには、ネイティブ・アメリカンが共通して守っている、伝統的な宗教観を、ある程度知っておく必要があるかもしれない。
彼らネイティブは、この宇宙のすべて、太陽や月、地球、そして生きとし生けるもの、その全システムなどを「ワカン・タンカ」と呼んでいる。“ワカン”とは、生なるもの、という意味があり、“タンカ”には、大きい、偉大なという意味があるそうだから、これを日本語に直すと「偉大なる精霊」とか、「創造主」、「神」ということになるかと思う。植物、樹林、魚、動物、鳥、風、水、もちろん人もすべて、この「ワカン・タンカ」によって、創造されたと彼らネイティブたちは信じている。そしてこれらの生きとし生けるものすべては、母なる地球に支えられ、聖なる輪でつながっているのだが、その生きとし生けるものには、それぞれに、固有の役割が与えられていて、その役割を忠実に果たすことが「ワカン・タンカ」によって義務づけられているという。生きとし生けるものは、そのためにお互い同士、それぞれに敬いあい、調和を保ちながらひとつになって生きることが大切なのである。これが、アンクル・フランクが、小さいころに母から繰り返し教えられた“人の道”というわけだが、その“道”を見つけるのは、ほかの誰でもなく、本人自身の責任である。
地球の神秘に気づくと、人間は自然、謙虚な気持ち
〜池澤夏樹(作家)
「今、人間はひたすら食料の備蓄を増やし、あらゆる病気を芽のうちに摘み取って延命をはかり、心から死を厭うようになった。そして、そういう生き方を現代風の幸福であると信じている。そのような無理な姿勢をつらぬくために環境に対するずいぶん強欲な収奪が行われる。そんなわけで、食べるものの心配をしなくて済むようになった代わりに、人は吸うべき空気のことを心配しなければなくなった」
〜『母なる自然のおっぱい』
池澤夏樹
1945年、北海道生まれ。埼玉大学理学部物理学中退。父は小説家、詩人として著名な福永武彦氏。作家。「スティル・ライフ」で芥川賞受賞。「母なる自然のおっぱい」で読売文学賞受賞。「マシアス・ギリの失脚」で谷崎純一郎賞受賞。1975年、ギリシアに移住(3年間在住)。1993年には沖縄、2005年にはフランスと、移住しながら文明的視点に立つ創作活動を続けている。
吸うべき空気が心配になってきた
人間は、これまでの人間の願い、欲望を満足させるために、あらゆる試みに挑戦してきた。石油を燃やし、車を走らせ、飛行機を飛ばし、自然を破壊して、数限りない工場をたて、核を開発し、重金属で汚染された有毒廃棄物を川や海に垂れ流しし、二酸化炭素で地球温暖化を進め、池澤氏が指摘するように「吸うべき空気のことを心配しなければならなくなった」のである。まさに人間の“自業自得”、“因果応報”を絵に書いたような有様であるが、問題は、地球上で“人間”以外の生き物が、地球の汚染や破壊に、一切手を貸したことがないという事実があることだ。それどころか“人間”の手によって水や空気や土壌、微生物、昆虫、植物、動物まで、犠牲にされてきている。そんな権利を“人間”は誰によって与えられたというのだろうか。
池澤夏樹氏は、詩人であり小説家である。旅と自然が好きな作家なようで、自然を扱った作品も少なくないし、海外での執筆活動も盛んである。1996年に出た「未来圏からの風」も旅を題材にした紀行文だが、その前書きには次のような文章が書かれている。「仮にテーマを立てるとすれば、それは「われわれはどこへ行くのか?」という問いを抱えた旅だということになる」。すなわち「問い続けることで最終的に世界と和解できる可能性は残っている。いや、それしか可能性は残っていない。問うことをやめるわけにはいかないのだ」と。これこそが作家池澤氏の、自らに課した“生きる意味”、“生きる価値”といってよいだろう。
人の生きている根拠も、ミミズやカエルの根拠も変わりない。
〜倉田百三(劇作家)
「何ら楽しみもないし、前途の光明もない、自分は器量が悪い。私のようなものが生きている値打ちがあるだろうかというふうに、まったく生きるかいがないというふうに生きがいなさを感ずることもありましょう。自分のようなものの命にどういう意義がある、生きがいがないということを感じている人がありましょうが、いかなる天才、いかなるりっぱな人であろうとも、その人が生きることを許されているところの根拠というものはただひとつ、ミミズやカエルが生きている根拠よりほかにない」
〜『生活と一枚の宗教』
倉田百三
1891年、広島生まれ。中学時代から文学に情熱を抱き、旧制一高時代、文芸部、弁論部で活躍した。旧制一高中退。劇作家。評論家。戯曲「出家とその弟子」で大きな反響を呼ぶ。「愛と認識との出発」はベストセラー、若い世代に広く読まれた。文学雑誌「生活者」を主宰。晩年、国家主義的思想傾向を強めた。1943年死去。
身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ
若い時代に、死と隣り合わせの病魔と闘った人だけに、大変深く、克厳粛な言葉だといわねばならない。私たち、国平凡で普通の人間は、なんとなく根拠の不確かな可能性に、これまたなんとなく期待をかけて生活をしている。しかし、倉田百三は、21歳のころ、最初のエッセイ集「愛と認識の出発」の初めの部分に、早くも手を染めていたといわれている。恋に文学に、青雲の志を抱き、これからという23歳のときに肺結核に侵され、前途に暗い影がさしはじめる。そしてそれはついに現実となり、結核性の腰椎カリエスはじめ、肋骨せいのカリエスが発症、入院生活を余儀なくされ、人生最初の大きな挫折感を味わされる。そこで、青年、倉田百三の心の中では、それまで、希望で光り輝いていた未来が、一つ一つと消えていき、変わって絶望的な思いが膨らんでいったと自ら語っている。
この心境は、倉田百三の信仰心に火を灯すことになったのではないだろうか。彼の文章に「失って、失って、そこに何ももたなくなる。そこに開けてゆくものを道という。裸の生活という。それが親鸞の信仰、そういう無条件の絶対他力の信仰がある」というところがある。こうして求道の世界に入っていった。「信仰生活というものは宇宙というものに自分を捧げて、宇宙が自分を生かすままに自分が生きていこうとする」と書くまでになり、大変不思議なことは、いつしか病魔は、倉田の体からすっかり消えてしまうのである。
私と宇宙はひとつのもの
彼は、体を動かせるようになってから、埼玉県の平林寺に籠もって、座禅を組んだり、成田では、断食をしたり、水をかぶる修行をしたりと、様々な荒行もしている。ある日、突然、「私は何もしなくてよい。私は宇宙の中にいる。そのとき私と宇宙とはひとつのものである」という心境に達したと書いている。仏教的にいれば、彼はこの瞬間、悟りを開いたということができるのかもしれない。彼は大変不思議なことに、晩年、すっかり健康を回復、かつては想像もできなかった長い距離の山歩きや、水泳までも、難なく楽しめるようになったということである。
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いい言葉が人生を変える
〜塚本晃生著
廣済堂出版
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スピリチュアルなことに関心がある私は、いつのころからか「自分と地球や宇宙との一体化」を意識するようになった。そして生きて生かされている神秘や不思議にいつも感謝している。感謝の人生を歩き出してからは、私は「いつ死が訪れても大丈夫」と思っている。昔記事に書いた「死の間際に、浮き輪を渡し続ける男性になれるかも知れない」と思い始めている。私には「死へのこだわり」が以前よりは薄れているというか、「死ぬ時節は死ぬが候」という感じで受け入れていくしかないと思い始めている。
でもひとつだけ思うことは、心から求めた人に会いたいということ。そして、ユアン・マクレガーやアンドリュー・カーネギー、ジェームズ・アレンが生きた(生きている)イングランド(スコットランド)に行ってみたいということ。もしかしたら私の生きていることへの答えやルーツが見つかるかもしれないと思う。ヨーロッパあたりの文学が好きなのは、そのあたりで勉学を積んできたのか、それともそのあたりの人の生まれ変わりなのか・・・。何かあるような気がしてしかたがない。できれば、ヨーロッパの自然が豊かな場所に永住したいと思う。できればイングランドで、ガーデニングをして動植物に囲まれた自然の世界で文学や詩、芸術的なことをしてみたい。やはり日本よりは、私の作風は外国風なのかとも思うため、海外の地で作品を作るのも面白いかもしれない。そして海外の方たちと交流を持ち、おおらかな雰囲気に触れたいと思う。音楽も芸術もやはりこちらのほうがなじむのかもしれない。でもこれは夢の話なので、これから叶えばいいなということで・・・。
世界のどこにいても、スピリチュアルな感覚、何かとつながっている感覚は大切にしたい。世界を旅する人ならなおさら、たくさんのつながりと心の交流を大切にして欲しいと思う。誰しもが海外に行けるわけでもなく、たくさんの人に出会えるわけでもない。だから海外や外国のかたがたに縁がある人たちは、私たちの分まで、多くのことを学び、多くの事を掴んで欲しいと感じる。それが若者であればこそ、柔軟で広く深い、価値観を持ち合わせるようにして欲しいと思う。価値観の変動は、きっとこれからの未来を担う人にとっても、その周りの人たちにとっても、友好的に作用される変化がもたらす唯一の希望である。
脱皮できない蛇は滅びる。意見を脱皮していくことを妨げられた精神も同じことである。
〜ニーチェ
「超人の哲学」で知られるフリードリッヒ・ニーチェの著作は難解。「人間は超克されるべき『あるもの』である」と。これを読み解き、注釈を与える勇気はないが、行間に漂う緊張感、音楽的なリズムは快く、『ツァラツストラ』の1ページは催眠剤1粒より効果がある。著作の本筋とは別に、表現や比喩は分かりやすく面白いものが多い。「男が本当に好きなものは二つ、危険と遊びである。男は女を愛するが、それはおもちゃの最も危険なものであるからだ」「母親は息子の友人が成功すると妬む。母親は息子よりも、息子の中の自分を愛しているのだ」とも言っている。独断的だが、その人間性への洞察はなかなか辛らつである。24歳のとき、音楽家ワグナーを知り、親密な交友を続けたが、数年後には決裂した。1870年、26歳でバーゼル大教授になったが、その年普仏戦争が起きると、ドイツ軍の看護卒として従軍。孤独で偏狭な性格だが、行動的な一面も。学生時代の娼婦との交渉がもとで発病、狂気のうちに1900年の8月25日、56歳で死去した。
運命がカードをまぜ、われわれが勝負する。
〜ショーペンハウアー
難しいドイツの哲学者だが、言葉には以外に味がある。「後の半年寝て暮らす」という「デカンション節」のデカンションとは、デカルト、カント、ショーペンハウアーのことだというのも、うなずける。自由を愛する裕福な商人だった父親の「世界市民に」という方針によって、様々な教育を受けた。商人見習いまでやらされたが、学問への情熱断ち難く、ベルリン大などで哲学、言語学を学んだ。31歳で生涯の代表作といわれる『意志と表象としての世界』を発表し、翌年ベルリン大学の講師になったが、ヘーゲル教授の権威に圧倒され、聴講者がなく半年で辞任したというエピソードがある。彼が名声を得るのは、頭に白髪を頂くようになってからであった。「人は通常、借金の申し込みを断ることによって。友を失うことはないが、逆にお金を貸すことによってたやすく友を失う」「人生の始めの40年は本文であり、後の30年は注釈である」。人間性への洞察は深い。「三種の貴族がある。1、血統と位階の貴族。2、財力の貴族。3、精神的貴族が、すなわちそれである」。家柄なく貧しくても、人は精神的貴族であることはできる、と。1860年9月21日、72歳で死去した。
われわれを一番強くつかむ欲望は淫欲のそれである。満足させればさせるほど、いよいよ増長する。
〜トルストイ
1828年10月9日、ロシアの名門貴族の家に生まれたが、都会文化を嫌悪し、腐敗した上流社会や有閑社交界、官僚政治に批判的だった。写実主義的手法で「戦争と平和」「アンナ・カレリーナ」「イヴァンの馬鹿」「復活」などの名作を書いて、世界的な大作家の地位を確立した。しかし、名声の上にあぐらを書いて安住する「枯れた老大家」にはならなかった。宗教、社会の矛盾、自己の虚偽生活などに苦悩した末、出家し、アスターポヴォーの小駅で肺炎のため、82歳の生涯を閉じた。最後まで、一文学者、一求道社としての姿勢を失わなかった。「憤怒は他人にとっても有害であるが、憤怒に刈られている当人にはもっと有害である」「始めの伴侶に棄てられた男子と婦人が、世界におけるすべての姦淫の根本原因である」「金持ちと立派な地位にいる役人で、エゴイストでないものはいない」「紙は人々に食物をつかわしたが、悪魔は料理人なるものをつかわした」。文豪の頭脳はまさに、名言の宝庫であった。
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一日一言
佐藤毅著
河出書房新社
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運命は常に変わっていく。自分の心に従い、ときには心とはまったく違った方向に、私たちを突き動かしていく。自分が予想にもしない人生がこの先に待っている。その逆に何の変哲もない人生を送る人もいるだろう。でも人生が過酷であれば過酷であるほど、人は卑屈になるか、磨かれるかのどちらかの道を歩く。ダイヤのように磨かれて綺麗になる人もいれば、どんどんと以前よりも汚れてしまう人もいるだろう。
結局人生は、自分の思ったとおりの方向に進むことが多い。自分が考えた人生を歩くとしたら、明るく楽しい人生を思い描くほうが、残りの人生も興味深く、生きがいややる気が起き、生きる意味も少しは分かってくるだろう。自分のように他人も愛せるようになれば、きっといつも温かい気持ちでいられるだろう。日本人だから感じられる春夏秋冬のような感受性、繊細な感覚などをこれからも大切にしていこうと思う。
すべての人間に幸福なれる素質や、たくさんの楽しみや生きがいなどが詰まった心を持っている。しかしそれを感じづらい人もいる。あまり自分のように他人を思いやることのない人もいる。でもいろいろな人がいるから助け合い、思い合い、手を差し伸べ合える。そこから気づいたり何かを感じ取る人もいる。人間には気づきや悟りが必要不可欠。どんな歳でも、心さえ柔軟に保っていれば、成長できる要素がある。そしてたくさんのものを吸収することもできる。だからあきらめないで生きることが大切である。生き抜くことに人間の価値がある。最後まで生きて、人生の最後に何を感じるかが大切。どんな人生を生きてきたかを走馬灯のように思い出したとき、笑顔がこぼれるような感覚なれば、きっとその人の人生はエピローグは素晴らしいものであると感じる。
人生や人間、動植物、生きとし生けるものに何を求め、何を与えたり受け取ったりするか・・・。常に他者との関係性を考えながら自分らしさを確立できた人は、きっと幸せである。どんなときでも自分らしく生きることが、人間の最上級の幸福である。不自由の中でも自由の中でも、自分のアイデンティティとパーソナリティだけは守り通す強い意思さえあれば、この先の人生は明るいものに包まれるだろう。現実の生活がいかに苦しくとも、心だけは常に高い志を持ち、新たな自分を構築できるようにしていきたいと思う。心が崇高であれば、きっと人間らしく生きることへ答えやヒントが見つかるはずであると、私は信じている。
適切であるか否かは別として、
威厳とは、
賞賛されるか非難されるかを
顧慮せずに、
実行する力である。
〜箴言と省察
生きた自然から生まれいで、
生きた生活に有益に働きかけ、
状況に応じて千差万化し、
絶えまなく生まれては
消えてゆく思想でなければ、
役に立たない
私は、年中他人が、
私の考えと違う話をしているのを
耳にするのだが、
それだからといって、私が、
自分の考えていることを
口にしてはならぬ、
という事にはなるまい?
事をなすには、才能が必要。
慈善を施すには、財産が必要。
本来、信念が問題だ。
信念のある所に思想が生まれる。
信念が、まず最初。
信念あっての、思想だ。
行動する人間にとって肝要なのは、
正しいことを行うことだ。
現実に世の中で正しいことが、
行われているか否かは、
問題ではない。
自分のために行動しなかったと、
悔やむ人がいる。
いっぽう、他人のために楽しんで
行動する人々もいるのだ。
根本悪とは、何か?
自分がなりたいものになりたがり、
他の人間は、どうなろうと構わない、
と思う事だ。
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眠れぬ夜のために
〜ゲーテ著
長谷川つとむ訳・解説
PHP研究所
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日頃の生活に生かしてこその哲学。誰かのため、自分のために役立ってこその思想や理想。自らが手本となり、他者を先導していくことが、哲学や思想のあり方であると感じる。自他共に幸福になれることを常に考え、実践している人を見る度に、心が洗われ、穏やかで優しい気持ちになる。そういった一握りの人間がいるからこそ、希望や明るい未来を思い描くことができる。
一人の人が変われば、その周りの人たちも変わっていく。その小さな変化を起こすことが、今私たちには必要であり、この先も必要不可欠な要素である。変化を起こし続けるには、新たな道を模索し続ける人が必要であり、困難や苦しみの中でも、自分の信念というものを信じ続ける強さを持った人が必要である。
どんな時代にも、強き信念のもとに、自らを犠牲としながらも闘い続けてきた人がいる。その強靭な精神で多くの人の心を掴み、良い方向に生かしていくことが、今日の諸問題を解決できる唯一の方法であるかもしれない。
人間はつながりあい、密接に絡み合っている。そのつながりがこの先の未来にまで続いていく。明るい未来を作るためには、先見の明のある哲学者や思想家が必要である。そしてその人らが、自ら行動を起こすことで、何かが変わり始める。新たな変化を起こすのは容易ではないが、変化を起こし続けなければ、明るい未来はやってこないだろう。その力を自他共に行使できる人は、きっと幸福であろう。正しいことを遂行し続ける人の心は、きっと温かく澄んだものでいつも満たされているだろう。
私はあなたと自分を信じている。だから今日も生きていける。あなたと私がいるから、明るい明日や未来を思い描けるのである。愛のある言動だけが、多くの人を捉えてやまない真実の実践哲学である。
愛とは、すべてのものにまさることであり、すべてを理解できることであり、どんな苦しいときにも微笑むことができることである。私たち自身を愛すること、私たちの運命を愛すること、運命が私たちに要求し、私たちのために計画しているものに、たとえ私たちがまだそれを見通せず、理解できない場合でも、自ら進んで従うこと―私たちが目指しているのはこれです。
〜断章5・「愛の道」
人は恋に苦しみます。しかし、恋に身を捧げれば捧げるほど、恋は私たちを強くしてくれます。
〜断章3・「未公開書簡より」
愛は乞うてはなりません。要求してもいけません。愛は、自分自身の心の中で確信するに至るまでの力をもたなくてはなりません。そうすればもう愛は相手に引き寄せられるものではなく、相手を引きつけるものとなるのです。
〜断章9・「デーミアン」
寒い春に恋人に捧げる歌
寒い玄関の間で 時計が鳴る
八時 九時 それとも十時
私は数えない 聞き耳を立てているだけ
すべての時が なんと
かそけく過ぎていくかを
時は 雪の中の風のように飛び去る
冬が来る前の渡り鳥の群れのように飛び去る
それは 私を慰めることはない
それは 私を悲しませることもない
だがそれは おまえのいない時間なのだ
世界と人生を愛すること、苦しいときにも愛すること、太陽のあらゆる光線を感謝の思いで受け取ること、そして苦しみの中でも微笑むことを忘れないこと、―あらゆる真正の文学のこの教えは、決して時代遅れになることはなく、今日では、これまでのいつの時代にもまして必要不可欠なものであり、感謝しなくてはならないものである。
〜断章28・「シュトルムーメーリケ往復書簡」
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Hermann Hesse
Wer Lieben kann, Ist Glucklich
Uber die Liebe
Zuzammengestellt von Volker Michels
愛することができる人は幸せだ
〜ヘルマン・ヘッセ
V・ミヒュルズ編
草思社
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今日も誰かが誰かを欲し、誰かのために愛を捧げ、誰かのために生きていく。ただ私は傍観者のように、それを眺めているだけであるが、ときおり、愛するがゆえの熱き炎に身を焦がしてしまいそうになる。それほどまでに誰かを愛し、誰かを欲し、誰かを求めるということは、人間だからできることなのだろうか。それとも、人間だからこそ、愛の中に悲しみと苦しみを見るのだろうか。
ただ異性の中に見る自分にはないもの、自分よりも優れたものは、私の心を捉えて離さない。そのつながりが永続的に続くのが、真実の愛であり、私が求めるべき愛なのかもしれない。私にはないものを持っている人に魅力を感じるのは、やはり遺伝子のなせる業か、それともただの偶然なのだろうか。人間は子孫を残すために、婚姻をし、子供を生み、その先の未来に夢を見る。今の自分よりも子供に夢を見るのは、自分ができなかったことを果たすためなのか。
配偶者にも夢を見る。自分に存在しない夢を。自分にはつかめそうもないものを求めて。自分は手にできないだろう幻想的で神秘的な夢を求めて・・・。誰にでも愛することで、生命が宿るときがくる。輝きが今の何倍にもなり、なんともいえないものを発してくれる。生きる原動力が愛であれば、人類愛でも異性愛であっても、私は愛することをやめないだろう。
きっと自分を愛するように誰かを愛していけば、未来は明るい光に包まれる。いつも愛を感じられたら、私は今よりも強く生きられる。人間には愛情が必要不可欠な要素であり、永遠に求めてやまないという、生まれ持った不変の性質を心に持ち合わせているのだろう。
朝靄の中 私はあなたを探す
姿は見えなくとも 心は見える
夕暮れの中 あなたは私を探す
橙に包まれた 心が映える
嵐の中でも 晴天の穏やかな日でも
私はあなたを見つけ出す
世界のどこにいても 宇宙の彼方でも
あなたは私を探し出す
二人のつながりが 永久に強く結びつき
離れたくても離れられない 真実の愛
過去や未来へつながり 明日を作っていく
何もなくてもわかりあえる 不思議な愛
二人だけにしかわからない波長を放ち
見えないものに突き動かされる 運命の愛
あなたに感じられるだろうか 私の鼓動を
私は引力のように引き寄せられる あなただけに
信じられるだろうか この神秘の世界を
信じてよいのだろうか この奇跡の日々を
私とあなたは大きなものに動かされ
いつか交わるときを待つ
ただ寄り添いあえるときを
ただ許しあえるときを
ただ笑いあえるときだけを
ただひたすらに ひたむきに
信じて待ち続ける 強き絆の縁(えにし)
ただあてもなく ためらうこともなく
信じて探し続ける 強き心の紅(くれない)
離れていても 近くにいても
この真実の炎は 永遠(とわ)に輝き
永久(とわ)に 見失うことのない
あの星の煌きに似た 美しき人生の色彩
見たこともない 絵巻きや織物を紡ぎだし
聴いたこともない 音色やリズムを奏でる
二人にしかわからない 虹のようで
二人にしかわからない 囀りのように
金銭だけではない。特性だけが人間を幸福にするのだ。
〜ルードウィッヒ・ファン・ベートーベン(作曲家)
「特性だけが人間を幸福にするのだ。金銭ではない。私は自分の経験から言うのだ。惨めさの中でさえ私を支えてきたのは特性であった。自殺によって自分の命を立たなかったことを、私は芸術に負うているとともにまた特性に負うているのだ」
〜『ベートーヴェンの生涯』
音楽の仕事が私の使命
この文章の一節は、ベートーベンが、死を覚悟して、弟のカルルとヨーハンに宛てて書いた「ハイリゲンシュタットの遺書」から引用したものである。この遺書が書かれたのは、1802年10月6日とあるから、彼がまだ32歳という若き日のことだった。幸い、このときは、自殺を思いとどまり、そのおかげで私たちは、それ以後たくさん作曲されたベートーベンの優れた音楽に、喜びや、慰め、励ましを与え続けられることができているのだ。彼が左耳に異常を感じ始めたのは、この遺書を書いた6年ほど前からのようだ。音楽の作曲と演奏を、自らの天命として生きる決意を固めていたベートーベンにとって、聴覚の疾患は、生きる望みを絶たれることに等しい苦しみだったと思われる。同じ遺書に「誰かが羊飼いの歌を聴いているのに私には全然聴こえないとき、それは何という屈辱だろう!たびたびこんな目に遭ったために私はほとんどまったく希望を喪った」と、ベートーベンは、苦渋の叫びを書き残している。
音楽家の家庭に生まれ、音楽の中で育てられた天才が、耳が聞こえず、しかも音楽の創造こそわが使命と自覚して生きなければならない運命とは、悲劇そのものだというほかはない。それでいて、全世界の後世にうまれてきた人々の心に、あの数々の名曲を、贈り物として残して言ったのである。音楽家、ベートーベンその存在そのものが、奇蹟というか、神秘と思えてくるほどだ。
どんな人の、どんな人生にも、意味がある。
〜諸富祥彦(心理カウンセラー・明治大学文学部教授)
「どんな人の、どんな人生にも、意味がある。私たち一人ひとりは、この果てしない大宇宙の中で、その“なすべきこと”、“満たすべき意味”と共に、今・ここに定め置かれている。どんな人も、その人が生涯で果たさなくてはならないその独自の“氏名と役割”、“その人がこの世に生まれてきたことの意味”と共に、この大宇宙の中で、特定の時間と場所を与えられているのだ」
〜『生きていくことの意味』
何かほかの力によって、私は生きている
若き時代の繊細な感受性に、哲学的、あるいは宗教的ともいえる、根源的な木月が訪れていたのに違いない。後、彼は、この直感が、必ずしも大げさな考えではなかったという文章と出会うことになる。それがナチス・ドイツの収容所から生還をはたした著名な精神分析医、V・E・フランクルの「夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録」に出てくる一節であった。「私たちは人生の意味について思い悩む必要はない。なぜなら、私たちが人生の意味は問う前に、人生のほうから私たちに問いを発してきているからだ」という箇所である。強制収容所で、絶体絶命の窮地に追い込まれた体験者の文章だけに、深い説得力を秘めた言葉だといわねばならない。
諸富氏は、このフランクルに励まされて、一層、心理学分野の探求に邁進することになったようだ。そして、彼が、現在、熱心に取り組んでいるのが、新しい心理学として注目を集めている「トランスパーソナル心理学」である。「“自分”や“自分へのしあわせ”への執着・こだわりを捨てて、そのようなそれまでの生き方を180度ひっくり返せ。そして”個をこえたつながり“へと自分を開き、自分を越えた向こうから発せられてくる”呼びかけ“に応えて生きてゆけ」というのが「トランスパーソナル心理学」の考え方なのだと彼は説明している。”個をこえたつながり“が、この宇宙には存在していて、生きとし生けるものすべてに作用を及ぼしているだともいっている。それは苦しみや悩み、生涯の裏に隠されているのだという。そこに”気づき“と”学び“のチャンスがあり、心、魂の成長を促す要素が隠されているというのがこの心理学の説くところである。
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いい言葉が人生を変える
世界の賢者50人
「生きがい」のメッセージ
〜塚本晃生著
廣済堂出版
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悩み苦しみ、挫折と失敗を繰り返し、そこから何かを学び、人は成長する。成長の度合いがその人の実年齢といっても良いだろう。実際の年齢というのは大体の目安だけであり、中身の成長度合いが本当の年齢だろう。年齢を重ねても深みのない人、年齢を重ねていなくても、深みや広さ、奥行きがある人・・・きっと人間は心の温かさと優しさ、賢さなどを踏まえたところで判断されるのだろう。だから私は人の外見ではなく心を見る。その人はいったい何を考えて、何を発し、何を思って生きているのか。
私はたいそれた人間ではないから、他人の言動から学びたいと思う。いろいろな人のいろいろな部分を垣間見て、人間というものがどんなものなのかを知りたいと思う。人間の真実というものを探すため、私は生きている。この心を解き明かすことが私の楽しみであり、生きがいでもある。過去の人の文献も参考になるが、現代の人たちの文献や実際の言動もとても参考になる。だから私はすべての物事から学ぼうと思う。毎日、一日、一分一秒を無駄にしないように生きるために、今日も生きて生かされているだけの人間・・・くだらなくてどうしようもない人間である。
でも私にも何か使命のようなものがある気がして仕方がない。今の境遇も、過去も、病気がちな心身も、何かを学ぶために用意され、そこから自分なりの答えと学びを得るために起こっているのだろう。全然足りないと思うから、私はずっと学びと成長を繰り返すのだろう。人間は自分に足りないものを補うため、そしてそれを良い方向に生かすために生きている。生きる意味は人それぞれであり、比べることはできない。それがどんなに不幸のようなものでも、幸福でも、人間の価値はすべて同じであり、心で判断されるべきものである。
外見や外側からは見えないものを大切にしていけば、おのずと人間の真実というものが分かってくるはずだと感じる。姿かたちではない形のないものにこそ人間の価値はあり、見えないものに動かされている、宇宙的な存在が人間なのかもしれない。人生はゲームであり、リハーサルのない舞台、ただの夢かもしれない。しかし生きることに意味があり、自分の存在と他人との共存を大切にできる人が、きっとこの世では優しく温かいものとなるだろう。
ユートピアは大西洋の真中にあって王も貴族も僧もおらず、身分も階級もなく、平等を楽しみ、金や宝石への欲望も無く、戦争もない理想的な社会である。
〜トーマス・モーア
ユートピア文学の先駆といわれるトーマス・モーアが書いた有名な「ユートピア」とは、こんな世界であった。それぞれに、夢の理想世界を思い描くことは楽しい。だが、21世紀に入った今日「ユートピア」という言葉を口にする人は、あまりお目にかからない。世知辛い欲望の渦巻くこの現代世界では、理想社会を思い描くユートピアの夢は死滅したのかもしれない。
モーアは1478年、ロンドンの法律家の家に生まれ、弁護士から下院議員に。ヘンリー8世に重用され、大法廷にまでなったが、8世の再婚問題に反対して1535年7月1日、死刑の宣告。同6日、処刑された。「私有財産制が追放されない限り、ものの平等で公平な分配は行われがたく、完全な幸福も確立されがたい」と夢見た人の最後は、やはり悲劇的だった。
「ユートピアはギリシャ語で「ない」という意味のユーと「場所」という意味のトポスから成り立っている。ユートピアは「ない場所」であり、空想である」と批判したロシアのレーニン。彼が目指した科学的共産主義も「牢獄社会」の悲劇を招き、70年で破産した。
10歳で菓子に、20歳で恋人に、30歳では快楽に、40歳では貪欲に動かされる。人間はいつになったら、英知のみを追うようになるのであろうか。
〜ルソー
人間の実体を鋭い目で見詰め、洗練された手法で表現した名言と言ってよい。だが、ルソー自身はどうだったのか、という疑問が残る。人間が英知のみを追うようになることは、おそらく有り得ない。率直な「告白」という意味で、高く評価してよい言葉だ。東洋の儒教の教科書「論語」の中の孔子の真面目一筋の次の言葉と比較してみると、面白い。「われ十有五にして学問に志し、三十にして立つ。四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳に順い、七十にして心の好くするところにしたがいて矩を超えず」。
ルソーは「民約論」「エミール」などで知られた自由・合理・自然賛美の思想家で、18世紀後半の爛熟・腐敗した社会文明に衝撃を与え、フランス革命の推進力となった。「いかなるものでも自然という造物主の手から出るときは善である。人間の手に渡って悪になる」と。晩年の十年はやや異常な精神状態にあったが「懺悔録」や「孤独な散歩者の夢想」を書き続けた。1778年7月2日、66歳で没した。
君主は狐と獅子の二役を演じるように務めなければならない。獅子はどうしても罠にかかるし、狐はどうしても狼に食わざるを得ないので、狐になって罠を見抜き、獅子になって狼の度肝を抜くことが必要なのである。
〜マキャベリ
「マキャベリズム」(権謀術数主義)という言葉が今日まで、立派に生きている。おそらく21世紀を通じて、強権的な「政治手法」の一つとして生き続けていることだろう。こういう形で、歴史に名を刻むことは容易ではない。これに対抗できるのは「マルキシズム」(共産主義)のマルクスくらいのものだろう。
1469年5月3日、フィレンツェに生まれたイタリア・ルネサンス期の政治家、歴史学者、さらには劇作家でもあった。その著「君主論」から「マキャベリズム」という言葉が生まれた。「人間は一般に恩知らずで、移り気で、うそつきで、危険に対しては臆病、利得に対しては貪欲である」。「元来、運命というものは女なのだから、これをおとなしくさせておくには、なぐったり、突き飛ばしたりしなければならない。だからこそ、それは女と同じように、青年の友なのである」。女時代の現代には向かないが、鋭い洞察力に満ちた本音の書である。
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新・こころに残る名言365
一日一言〜佐藤毅著
河出書房新社
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人生をどうやって生き残るか。それも卑劣や卑怯な手を使ってではなく、頭を使って賢く生き残る術を得るには・・・そういうことをいつも考えている。結局人間は生き残り、最後の最後まで自分の人生を全うすることに意味があると感じているからだ。時には冷酷にときには友好的に他者と振る舞い、私は誰にも分からない方法で生き残る術を探している。でもそれで誰かを傷つけるわけではなく、自分もなるべくなら傷つかない方法を模索する。面倒な人生の生き方であるが、私は生きるための手法をずっと考えてきた。だから意味もないような教養をつけて、普段の生活から人間というものや人生の厳しさを学んでいる。挫折や悔しい思いをたくさん経験できたのも、今となっては自分の血となり肉となっている。
だから弱い男には頼りたくないし、だからといって権力や財に固執したくはない。常に私の心身はフラットでどこにも属さないようにしている。そのほうが物事を客観的に見ることができるからである。それが限りなく地面に近い底辺であれ、地上からかけ離れた頂点であれ、私はそこから何かを学びたいと思う。自分というものがどんな状況に置かれても、その人たちと同化できるようなマキャベリズムのような手法。どこでも順応できる能力を身につけること。それが私の生きる術であり糧である。
絶対に負けないと思っていれば、きっと未来への扉は明るいものに包まれているだろう。今の状況がどんなに辛く苦しいものだとしても、私は絶対に生き残ってみせると思う。どんなものにも勝利したり、友好関係を築くには、結局知恵を絞り、頭脳と行動を賢く使っていくしかない。それには日々勉強する。こうしている時間ももったいないくらい、人生はあっけないほどに短い。だから私は今日も本を読み、文章から何を訴えたいか推測して、取捨選択をしながら解析をする。その作業の繰り返しをすることで、私は昨日の自分を越えられると思っている。結局は努力あるのみであり、学びの連続が、その人とその周りの人たちの価値を作っていくのである。自分の境遇がどういうものであるか、今は苦しくとも、自分の目指す生き方に出会える努力をしていくことが、人間らしい生き方であると感じる。
人は人やものとの出会いで変わり続ける。それが良いものであれば良い方向へ、それが悪いものであれば悪い方向へ・・・。過去も未来もないこの瞬間に命を燃やし続ければ、きっと自分に課せられた答えが見つかると信じている。自分だけの心のユートピアを探して、私は今日も人生という旅を続けている。
彼が「病院に行ったほうがいいよ」というメールをくれた。でも私は「結構です!」と言った。後からいろいろ言われることに嫌気が差すからだ。多分、善良な彼が変わってしまったのは、彼が言うように私のせいなのかもしれない。そして私も変わってしまい、二人とも出会ったころの優しい日々を忘れてしまった。「もう、限界だな・・・」と何度も思ったけれど、私に生きる力がないばかりに誰かにゆだねた人生を歩いている。それが間違っていても、私はそれを止めることができなかった。
だからこの人生のゲームは私の負けなのかもしれない。強いものが勝ち残る・・・。そんなサバイバルのようなレースであれば、私は真っ先に振り落とされ、踏み潰されるだろう。ただ死を待つのみの人間だとしたら、生きている意味がどこにあるのだろうか。誰かにゆだねた人生を歩いているのに、生きていても良いのだろうか。
昨日は薬が効いている少しの合間、今日の夕飯を買いにスーパーへ行った。だから彼の食事を作ったら、「無理して買わなくて良かったのに・・・」と言われた。本当は彼は優しい人なのだろうけれど、たまにナイフのように鋭い刃を私に向ける。だから私は彼の存在が恐ろしく、PTSDを思い出すような状況になってしまう。
でも甘えてはいけない。自分ひとりで生きていかなくては・・・。私が一人でも生きていける術が持てれば、もっと周りの状況も変わるだろう。自分が変われば、きっと何かが変わるだろう。そう信じて生きていくしかない。ただ何も考えずに、自分の生きる術を見つけ出すためにもがき苦しむしかない。
私はとても弱い人間。私は強い人間。誰かを優しく包み込んだり、誰かを激しくとがめたりする。相対する人格を持っているのは人間だからなのだろうか。それとも私にしかない邪悪と善良の二面性なのだろうか・・・。
私はずっと思い描いている。美しい未来の中で笑う自分がいることを。傷つけ会わない環境の中で生きていけることを・・・。心のユートピアを求めて、私は今日もさまよう。熱も上昇したり下降したりして、私をコントロールしている。だから私はまだ生きることを求めているのだろう。体が生を欲しているのなら、まだ生きてみるのも悪くない。
愛を求めてさまよう私は
いつも遠くのほうを見ている
いつか誰かが救い出してくれるのでは
いつかこの状況が変わるのでは、と
淡い期待をよせながら
真実の愛を知らない私は
いつも近くで幸福を探す
いつか誰かと一緒に笑い合いたい
いつか手をつないで歩けるのでは、と
僅かな希望を感じながら
でも結局は、私は誰にも愛を配っていないのかもしれない
私はエゴのもとに生き、誰かを苦しめるだけの存在なのかもしれない
それでも愛を求めてしまうのは人間だからなのか
それとも私はさびしい人間なのだろうか
幼いときから愛情を感じたことがなく
今でもあまり深い愛を感じることがない
きっと私の求める愛は永遠にやってこないのだろう
私の愛は一人の人に向けられるべきものではなく
多くの人に向けられるべきだと思う
だから私はひとりでも多くの人と出会い
誰かを励まし、勇気付けるために生まれてきたのだろう
もうくだらない男性に、自分を押さえつけられるのはご免
もう大人になれない男性に、自分を束縛されるのはご免
一人では何もできないくせに、私をないがしろにする
一人ぼっちだった彼を救ったのは私
まだ見ぬ世界を案内し、楽しいことを経験し
いろいろなところに二人で行った
彼が行ったところのない場所はほとんど行った
東北から出てきた田舎者で外見もイマイチで
話をしても緊張していて返事もないから、本当につまらなかった
全然タイプではないから付き合いたくないと思った
でも彼の心が素晴らしいと感じたから
こうやって10年も一緒に暮らしている
今度は彼に支えられて、のんびりしてしまうときもある
しかしそれが彼にとって、「どうしようもない奴」になるのなら、
私は彼とは一緒にいることはできない
始めは彼こそ「どうしようもない奴」だったのに・・・
面白い話は皆無、いつも服が同じ、
髪型がダサい、セカンドバッグを持っている
とにかく真面目すぎてものすごくつまらなかった
私の気を引くために一生懸命やっているのは嬉しかったけれど
今では自分の負の出来事はすべて私のせいだという
ああ、悲しいかな
私が彼を救ったのかもしれないのに
彼が私を救ったという
ああ、悲しいかな
彼は結婚をしたいと思っていたらしい
でも私はそれをずっと拒んできた
・・・だって変態の予兆が出ていたから
弱いから誰かと一緒にいたいなんて
それは男のエゴだと思う
寂しいから誰かと暮らしたいなんて
それは男の身勝手だと思う
すべての言動を許してきたのに
すべてのことを受け入れてきたのに
もういいんだ
男に対して希望は持たない
もうあきらめている
男女間の痴情のもつれほど醜いものはない
私はもうじゅうぶん彼を癒したから
もう彼から離れてみようと思う
私はもうじゅうぶんすべきことをしたから
もう遠くの町で暮らしたいと思う
いなくなってから気づく大切なもの
失ってから気づくかけがえのないもの
あなたは永遠に探し続ければいい
あなたは私の幻想を追い求めて
一生をかけて、私よりも優れた人を
探し続けてさまよえばいい

寒気がした後、
急に体全体が暑くなってきたから、
薬を飲もうと起きて熱を測ったら、
なんと39度ありました。。。
でも病院にいくお金もなく、
明日帰ってくる
彼氏に相談しても、
きっとイヤな顔されるんだろうな。。。
ただでさえ、PC修理に
¥45,000かかったし、
ケータイ代もまあまあかかった。。。
さらに彼氏はなんかいろいろ
着払いで買っていたから、
もうお金がないのかも。。。
このまま熱が下がらなくなって、
インサニティになっても仕方ないか。
自分が望んだ人生だし、
いつも死にたいと思っていたのは自分だし。
ということで夜の仕事や汚い仕事でもして、
余生を暮らそう。
いや、スーパーなどで働きながら、
ホームヘルパーの資格を取ろうかな?
惣菜を作る係りをやってみたい。
何なら皿洗いでもいいし。
とにかく体を動かす仕事ではないと
ダメなんだよね。
私は商業化を出たけれど、
細かい作業が苦手。
事務やPC入力もあまり得意ではない
(すぐ間違える)
そしてずっと座っていると息が苦しくなるから、
動きがある仕事を選ぼう。
ということで、この症状が落ち着いたら、
新たな仕事を探そうと思う。
正社員は無理だから、アルバイトでコツコツと。。。
そうしたら彼氏のイライラも
少しは緩和されるだろう。
あ〜、しんどい。。。
食欲があって栄養のあるものを食べているのに、
全然熱が下がらない!どうしてなんだろう?
不治の病?新種の病気?インフル?
それにしても早く治さないと。。。


